アスリートと猿回し -運営の仕組み-

スポーツやアスリートの業界と、他業界の似た仕組みや構造を持っているものを、マーケティングや広告、感情に流されることなく「心のスイッチを切って」見てきている「アスリートと〇〇」シリーズ。

今回は「猿回し」である。なお、猿回しの猿でなくても、イルカショーのイルカなど、動物の見世物であれば同じ構造をしている。

アスリートと猿回しの類似性

アスリートと猿回しの猿(以下断りがない限り「猿」は「猿回しの猿」を指す。)には非常に似通った共通点が多い。特に運営と鑑賞の関係や構造が非常に近い。順にみていきたい。

運営

猿回しのイベントは、もちろん猿回し劇場や動物園が運営する。猿が費用を支払うことはなく、動物園側が経営を行う。

スポーツイベントは協会や企業が運営をしている。競技にもよるかもしれないが、アスリートが運営費を払うことは基本的にはない。

鑑賞・観戦

動物園の猿回しステージや猿まわし劇場への来場者は、すり鉢型の観客席へ座り、猿が芸をするのを鑑賞する。場合によっては彼らのパフォーマンスに拍手を送る。同時に猿回し調教師もステージで見ることになる。

同様に、スポーツ大会では、アスリートがアリーナやフロアで戦い、観客は観戦チケットを購入し、戦っている様子が見えやすいように着席する。場合によっては彼らのパフォーマンスに拍手を送る。同時にアスリートのコーチも見かけることになる。

周辺グッズ

芸をしている猿に人気が出ることで、周辺産業が発達することもある。例えば、一部の人気の猿のぬいぐるみが売れたりする。同様に、アスリートでも、一部人気選手のユニフォームなどのグッズが売れるようになる。

アスリートと猿回しの違い

一方アスリートと猿には相違もある。順番に見ていきたい。

収益分配・待遇

仕組みとして最も異なるのは収益分配であろう。猿回しの場合には、全て運営と一部調教師に行くことになる。もしかしたら猿のエサがいいものになる可能性はあるが、猿が金銭を受け取るわけではない。猿には檻と衣食住は与えられている。

一方、スポーツ大会の場合は、規模やプロアマその他で事情は異なるものの大部分は運営である協会や企業へ行く。しかし、アスリートを檻に閉じ込めておいて衣食住を与えるだけでいいわけではない。現役のアスリートにはトレーニングやスポーツ大会以外の人間としての生活もある。人間は生活のために働かなければならない。ここで、ごく一部の収益性の高いスポーツの場合には、現役中は専業としてスポーツに専念することがある。収益は協会や、スポンサーである企業などから受け取ることになる。そうでない場合には基本は兼業である。むしろアスリート自体が副業であることの方が多そうである。衣食住は自分で賄わなければならない。

引退後

芸を引退した猿は、果たしてどうなるだろうか?昔活躍したから、引退後も好待遇なのだろうか?おそらくそんなことはない。むしろ芸の現役中からも他の檻や水槽の動物と同じような待遇である可能性が高い。しかし一部の猿は、引退後は自分でエサ代を稼いでいるらしい。よって猿回しの猿にも、セカンドキャリアが存在する。この場合には雇い主であった動物園が「就職先」を斡旋している。

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さらに猿の場合は引退しても、苦いっぱぐれて路頭に迷うようなことはない様子である。イルカなどもそうであろう。他の動物の例の引退後では、競走馬は、骨折などによる引退後には、場合によっては馬のことを考えて安楽死にされる。

一方でアスリートは、スポーツを引退後は、ごく一部の大成したアスリートのみが、協会や企業から就職を斡旋する。それ以外の大半の場合には、本人がどうにかするしかない。猿のように檻に入れてもらえ残りの数十年の衣食住を保証してもらえるわけではない。アスリートのグッズが売れた際の知名度や権威などは引退後から急激に落ちることになる。

猿自身がどう感じるかはわからないが、少なくとも人間は「人間は社会的な動物である」といわれるように、他人の目を気にする人間であるアスリートは引退後は、現役中と比べて脚光を浴びる機会が確実に減るために、幸福度も下がる傾向にあるようである。さらに一般の人間と比べて就労経験が不足しがちになり、好待遇の仕事につくことは難しくなる様子である。引退後の猿の檻での衣食住に該当する待遇には日本では生活保護がある。しかしながら、積極的に受給する例は多くないようである。

ここだけを見ると、引退後はアスリートよりも猿回しのほうが、待遇がよさそうに見える。この辺りを考えなくていい分、引退後は猿回しのほうがアスリートよりも幸福度は高いのかもしれない。

アスリートと猿で差が生まれる理由

ではなぜ、構造と仕組みが非常に似ている両社は少々異なるのであろうか?

法律

アスリートと猿をはじめその他の生活動物の決定的な違いは、法律である。猿には動物愛護法が適用されるが、人間には基本的人権が存在する。動物には義務はないが、人間であるアスリートは、人間の法律を守る等の犯罪行為をしてはいけない。この点が異なる。

社会性

再び触れるが「人間は社会的な動物である」ことから、人間は他者の目を気にする。他人を気にしやすい日本人なら猶更であろう。よって、なりふりをかまわない振る舞いは相当に追いつめられ、理性が鈍るまでは行うことは稀である。幸福度が下がりがちなのもこの社会性が原因である。他人の目を気にしないのであれば、目立ちたいとも思わないし、脚光を浴びていたスポットライトを向けられなくなったことで幸福度が下がることはないだろう。

また生活保護は端的に言ってイメージが良くない。引退前には、少なくとも一度は持ち上げられていたアスリートは、「私はこんなものを受け取る人間じゃない!」と真に思い込み、イメージが悪いものを積極的に受給する気にはなれないのであろう。

 

アスリートやスポーツの運営や参加には、このような側面を念頭に置いておく必要もある。